愛を教えて-Rとの対話・№6
――自分が信頼している人に、愛している人に自分から何をしたいか。
これは相手によって異なります。
私はそれぞれの相手の望むような愛情のかけかたをしたい、と望んでいます。
あなたに限って言えば、まず、パンヤを満たす人間の一人になりたいと思います。
私の想像ですが、あなたはガーゼのような柔らかい布で出来た可愛らしいぬいぐるみだったはず。
今よりも以前に、そのガーゼを引き破り、中のパンヤを断続的に引っ張り出した人間がいたのかも知れないということ。
だったら、引っ張り出されたパンヤを上回る量のパンヤをどんどん注入してゆけばいいだろう、というのが私の考 えです。
私を信用するのが怖いですか?
R これでも、僕は前より人を信頼しようと努力しています。
無論、それは万人では無く少数の人ですがね。これは、貴女の影響ですよ?
少なからず、このお話は僕の思考を変え始めています。
自信を持っては言えませんが、 信頼してますよ。
――どうもありがとう。「トーマの心臓」にもありましたが、「愛」はそれをかける相手だけでなく、かける人間自身を強くするのだと思いますね。
R 僕は人間不信と言うよりも自己不信ですね。
他人を信じようとする自分の感情を疑う。
正直今もまだそうですが、少しだけ余裕が出来たのかもしれません。
――年越しソバを作りながらメールを見ています。天ぷらを揚げながらメールするなんて、良い子はマネしちゃいけないなぁ(笑)。
『僕は人間不信と言うよりも自己不信ですね。他人を信じようとする自分の感情を疑う。』
そう思うのですね。
そんな風に自分を客観視できるようになったのですね。
R あなたを信頼する努力をします。
えっと…今言わないと言うの忘れちゃいそうなので、今言わせて頂きます。
今年はありがとうございました。
今年は貴女に本当にお世話になりました。
本当に感謝しています。
――こちらこそ。
あなたは、出会いに意味づけをしたくなる子ですね。
あなたの魂は本当にひたむきで純粋なのですよ。
R 本当にそう思って頂けるなら僕も嬉しいです。
でも…ひたむきで純粋なのでしょうか。世界に嫌気がさす事があるのに。
不意に思うのです。
全部壊したくなる。
全部捨てたくなる。
後に何があるなんて関係ない。
今この瞬間、僕の前から全てを消して
と思う時があるのです。
――それはどういう時なのですか?
私はそれを知りたいのです。
すべて消えた後、あなたは、一人でどうしているのでしょうか?
それとも、あなたも消えるのですか
R 感情が溢れる時。
愛であれ憎しみであれ他人に対する感情ですよね。
表現する事は不可能だけれど、自らにためておく事が難しい時。
自分を含めて消したくなります。貴女はどうですか?
他人への感情が溢れる時、表現出来ないけれど、ためておくのが難しい時、どのようにしますか?
それとも感情は溢れませんか?
――感情は溢れますよ。
でですね、私は感情を「溜め」ておいて、反応しないでおくということができません。
好意ならば、そのまま表現してしまいます。
ただ、直裁的な表現ではないですよ。
相手のことを知りたいとか、コミュニケーションを取りたいという思いを伝えるための手段を選んで表現します。
で、相手が迷惑がったら、潔く引きます。
憎しみというか、怒りも、それを与えた相手にストレートに表現しますよ。
「どういうわけで、あなたが私を不快にさせたか」を論理的にきちんと説明します。
理性が吹っ飛ぶくらい怒っていたら…そのまま表現してしまうかも知れませんね。
R 「怒り、憎しみ」ならそれも出来るでしょう。
僕の知人にも「俺はこういう嫌な目に遭うべくして遭った」とやり過ごす人もいます。でも、「愛」は?
本当に潔く引く事が出来るのでしょうか?
――「愛し合う」というのは、文字どおり、お互いの相手に感じる愛情が一致している状態ですよね。
相手が嫌がっていたら、それを受け入れるしかないと感じますが。 「私は好きなんだから、あなたも私を好きになってくれなきゃいやだ」
というのは、相手を愛しているのではなく、自分しか愛していないのでしょ。
それとも、「愛の場合は引けない」とは別のことですか?
R 自分の中で芽生えた「愛」という感情を自分の任意で消す事は出来ますか?
――何故、消す必要があるのですか?
R それが「引く」という事ではないのですか?
――「引く」というのは、互いに愛し合うことが無理だと分かった時に、「愛し合う欲望を諦める」ということです。
でも、相手に芽生えた愛それ自体を無理矢理消し去ることはないのではないかしら。
愛されもしないのに愛するなんてみじめだ、と思いますか?
でも本当にそうでしょうか?本物の「愛」とは、相手の存在を祝福することです。
決してみじめな感情ではありません。
あなたはいつだか「月を見るのが大好きなんです」と言いました。
私は綺麗な満月や半月を見ると、最近はあなたを思い出しますよ。
R 「愛」とは、「祝福」ですか?
相手が存在している事を喜ぶ事が「愛」ですか?
相手に自分が出えた幸福が「愛」ですか?
――その通りです。ところで、ついに2年越しのメールになってしまいました(笑)。
明けましておめでとう。
2008年が明けまてしまいましたね。
あなたの考えていた「愛というもの」を知りたかったのですが、
新年を迎えたのでメールが届きにくくなっているかも知れません。
ひとまず、この辺にしておきましょうか。
R 二年越しになってしまいましたね。すみません。
こんなに長くするはずじゃなかったのですが…ごめんなさい。
「愛」が出会いの「幸福」ならば、僕の貴女に対するこの感情はすでに「愛」ですね。
――愛はいろいろな形がありますよね。夫婦や恋人同士に限らず、親子愛や友愛や隣人愛、師弟愛。
医者が患者を助けたいと思う感情。
相手の苦しみを取り除いてやりたい感情。
捨てられた仔猫の前を素通り出来ない感情。
助け合って仕事をする仲間同士に芽生える連帯感や信頼感。
勿論、物に対する愛も。
相手を思うと、胸が温かくなったり、いじらしく思ったり、勇気づけられたり、懐かしさを感じたり……。
そういうもの全部を「愛」だと私は認識しています。
愛を教えて―Rとの対話№7に続きます。
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