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薔薇と、蟹座の星の王子

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 突然ですが、誰かが、”自分にとって唯一無二の存在になる”、とはどういうことでしょうか?

 世の中には星の数ほどの人間がいるのに、なぜ”その人”なのでしょうか。

 その答えの一つをサン・テグジュペリの小説「星の王子さま」が教えてくれます。


 あまりにも有名なお話なので、ご存じの方も多いかと思いますが、ここでは王子と薔薇の関係に絞って、かいつまんでおさらいしてみます。

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  ある日どこからともなく、王子の住む小さな惑星にその種はやってきた。種は芽を出し、やがて、胸を打たれるような美しい薔薇の花を咲かせた。王子はかいがいしく世話をするのだった。
 
 ところがその薔薇は何かと手がかかる上にプライドが高く、世話をしてくれる王子に感謝する様子もない。

 自慢屋で、ちょっと意地悪で、見栄っ張りなのだ。

 世間知らずで生真面目な王子は、薔薇のそういった性質にいちいち傷ついてしまい、みじめな気持ちになって落ち込み、薔薇と別れるべく自分の惑星を去る。

 宇宙を旅して様々な惑星を訪れ、様々な経験をした後、地球にやってきた王子。
 そこで一匹のキツネ(物語中もっとも重要な存在だと管理人は思う)に出合って気が付くのである。

 
 この世には何千何万の薔薇があるけれど、自分が手間と時間をかけた薔薇は、小さな惑星に残してきてしまったあの花だけだったこと。
  
 あの薔薇が、殺風景だった自分の惑星を華やかな明るい場所に変え、いい香りで包んでくれていたこと。
 そのために薔薇は大変なエネルギーを使っていたこと。
 そこにこそ薔薇の王子に対する愛情があったこと。 
 
 強くて尊大に思えた薔薇は、実はとても繊細でか弱い存在だった。自分が世話をし、守ってやらねば生きていけないようなはかなさだったこと。

 薔薇の言うことなんて彼女の本心じゃなかったこと。 

 他愛のない憎まれ口や自慢や、黙り込んだりすることにも耳を傾けてやり、水をやり、ついたてで風をよけてやり、ガラスの覆いをかけてやり、毛虫を(蝶々になるのを待つために二、三匹残しておいた以外)退治してやった唯一の、自分だけの薔薇だったこと。

  それなのに、自分が子ども過ぎて、薔薇のあるがままの存在を楽しみ愛することができなかったこと。

 別れの朝、薔薇は言ってくれていた。
 
  「わたし、ばかだった。
  そうよ、わたしあなたを愛してる。
  知らなかったでしょ。
  わたしのせいね。
  でも、あなたもわたしと同じくらいばかだった
  ごめんなさい…幸せになってね」
 
 しかしこの期に及んでも自分は何も分かっていなかったこと。 
 自分は薔薇のもとを去るべきじゃなかったこと。 
 なつかせた薔薇には責任があること。

 そうして王子は薔薇のもとへ帰る決心をする。
 しかし、物理的に帰還するのが不可能だったので、彼は魂となって帰還しようとするのであった。

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 最初から「特別な人」というものが存在するわけではない。
 自分が発見し、手間と時間をかけ、思いをかけた人であればこそ特別な人となるのだ。
 
 誰かを愛するというのはあくまで主体的、能動的な行為であって、愛されることばかりを期待する受動的なものは愛とはいえない。

 このことは恋愛にだけあてはまるものではなく、友情や仕事や物事においても同様である。

 自分が愛したもの、関わった事への矜持

 蟹座のサン・テグジュペリはそんなことを教えてくれます。

 

 さて、冒頭の写真は折り紙で折った薔薇です。

 「百合の花」だの「鶴」だのと違って複雑で、かなり手間暇がかかります。

 それにしても一枚の正方形の紙が、糊もハサミも使わずに折りたたんでいくだけで本物さながらの薔薇になるのですからまるで魔法のようです。

 この折り紙の薔薇、管理人はかつてインターネットの動画を参考に挑戦したことがありましたが、途中で挫折しました。
 自力ではとうていムリでした!

 今回完成に至ったのは優秀で辛抱強い指南役がいたからです。

 その指南役の方も蟹座です。

 管理人の知るかぎりにおいてですが、蟹座の人って細部に至り最後までちゃんとやるんですよねぇ。
 
 さすがです。

 

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