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福が来る準備をする

 「○○に合格(採用)お願いします!」
  
 「今年こそはダイエットに成功しますように。あとお金持ちになりたいし、イケてる彼氏も欲しいです」

 「身近にいる○○が嫌いです。あいつにバチをあててください」
 
Photo
 北の地より、おみくじを背負って我が家に来てくれた可愛らしい目出鯛の群れ

 初詣で神社に行き、賽銭を投げて願い事をする。

 日本人なら多くの人が行う行為ですよね。
 
 でも上記のような願い方では、叶えるのはむつかしいかも知れません。

 何故ならあまりに受け身だから。
   

 会社や学校は、そこに入る事それ自体が目的なのではありません。

 職場であれば、自分がどんな力を提供でき、どんな利益をもたらすことができるかが具体的に事業所側に伝われば、おのずと採用されるでしょう。

 職場は「仲良しグループ」を作りに行く場というのではありません。

 お互いの力を出しあって、利益を共有できる仲間を求めています。

 学校であれば、それまでの勉学の努力の如何が問われますので、試験当日に体調を崩したりせず実力を発揮できさえすれば大丈夫なのです。

 自分の実力と学校選びが合っていなければ当然合格はむつかしいでしょうし、万が一まぐれで入ったところで途中で失速する可能性なども含めて、幸福とはいえないのではないでしょうか。

 お金は一所懸命に働く人にはそれに見合った額がもたらされるでしょうが、棚ボタを望んで何もしない人がお金持ちになるのはむつかしそうです。Dscn0831_3


 食べ過ぎたり飲み過ぎたりする人の精神は健康なのでしょうか。(マツコさんや力士やフードファイターのようなプロは別)
 
 精神的な飢餓感を満たすため、あるいは現実を受け入れがたくて、依存的に、逃避的に食べたり飲んだりしている場合は、生活や生き方、考え方、物事の認知の仕方そのものを見直す必要があるかも知れません。


 ある日、「この人いいなぁ」と思える人に出会ったら…?


 その人に好きになってもらえるような自分でしょうか。

 自己嫌悪に陥っているとしたら、そんな自分をはたして他者が好きになってくれるでしょうか。

 「好き」という感情はその人の存在そのものを好きと思えるのが本物の「好き」

 「主従関係を結びたい」
 「コンプレックスで繋がりたい」
 「弱みを握りたい」
 「相手を貶めて優越感を感じたい」
 「相手を利用したい」
 「私の虚しさを解消してほしい」
 というのは本物の「好き」ではありません。

 一時的に親しくなれたところで早晩破綻してしまうことでしょう。
 もっとも、そんな関係は破綻しない方が不幸だと思います。


 誰かの幸福を願うのならまだしも、不幸を願っているようじゃ幸福とは程遠いのでは?

 嫌いなヤツなど放っておくにかぎります。
 放っておけないとしたら、そういう自分自身に問題がありそうです。

 「幸福」はきちんと準備をしてきた人にはすでにもたらされている、あるいは来るべくして来るのでしょう。

 神社にお参りするときは

 私に必要なものはすでに与えられております。本当にありがとうございます

 と神様にお礼を言おうではありませんか。

 福をもたらす神様とは、すなわち自分自身の潜在意識や潜在能力に他ならない、と管理人は思います。

 


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