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ヒュアキントスとアッシェンバッハ教授

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 春の訪れのごとく、台所に置いておいたヒヤシンスが花をつけ始めました。

 青紫のヒヤシンスというのは西洋の美少年を連想させます。

 太陽神アポロンに溺愛され、西風の神ゼヒュロスに嫉妬された、スパルタの美しい王子ヒュアキントス

 彼が死んだ時に流れ出た血から咲いた花がヒヤシンスということです。 

 ヒュアキントスような美少年…といえば、ヴィスコンティの映画「ベニスに死す」に出演した時のビョルン・アンドレセン演じるタッジオを一番に思い出します。
 
  「ギリシャ神話から抜け出たような」
 という表現が陳腐に思えるほどの、自然という造物主の創造した最高傑作の人間とはこれですよ、と示されているような少年。

Photo_2

 純潔、優雅、高貴、若さ、上品さ、しなやかさ…そういった美質が指先や髪の毛の一本一本にまで行渡っているような、生まれながらにして至高の美を体現しているかのような存在のタッジオ。

 そのタッジオに驚愕し、打ちのめされ、ひれ伏す人間を熱演してくれたのが、ダーク・ボガード扮するアッシェンバッハ教授でした。
 (ここでは”教授”と呼ばせていただきます。)

 教授は「小説の作者・トーマス・マン自身と 音楽家のグスタフ・マーラーがモデル」といわれています。
  大変な才能の持ち主なので、いわゆる一般人とは違います。

 しかし、高名な芸術家であるからこそ、ウルトラハイレベルな神の意匠の前においては、自身の血の滲むような日々の闘い、あるいは自分自身の存在さえ、
 偏に風の前の塵に等しいというか、阿呆のわざくれとうか、要するに嘘っぱちの茶番なのだ!
 といった無常観を感じてしまうのです。

 そして同時に、エロス的情動に身を任せずにはいられない教授なのでした。

  タッジオは、ホテルや浜辺で教授とすれ違った際、一瞬視線をやったり、ほんの一幽かに笑んだような表情を向けるものの、教授のことはほとんど気にかけていない様子。

 一方、教授は完全にタッジオに支配され、彼のことしか考えられなくなってしまいます。
 
 激しい恋の嵐に翻弄される人の症状は、どうやら10代の少女よりも、ストイックに観念的に真面目に生きてきた初老のオジサンの方が、より重いようです。

 瞳孔は開き、顔は高潮し、息遣いは荒くなり、汗が噴き出し、心臓は破裂しそう。
 あるいは、苦しみに蒼ざめ、めまいに襲われ 悲嘆に暮れ、涙に咽ぶ。

  身体が宙に舞い上がるほどの高揚感と、暗い地の底にたたきつけられるような絶望感との狭間を行き来するのです。

 このように、理性が完全に失われた結果、様々な奇行に走らずにはいられない教授なのでした。
 もう、交感神経がテンパり続け、ドーパミンだかアドレナリンだかエンドルフィンだかが出まくっていて止まりません!

 強烈な官能の力による「恋の奴隷」状態です。

 でも…どうか「気持ち悪い」って言わないであげて下さい。
 本人だってどうにもならないのですから

  やがて…教授は、あたかもこの美しい死の天使に導かれたかのように、”天使”の姿を目で追いながら、旅先のベニスの浜で静かに息絶えるのでした。

 ダーク・ボガードという役者は、こういう役が実に似合うのですね。

 童顔で純朴さを感じさせる大きな黒い瞳のボガードが、魔性の相手にすっかりしてやられてしまうという展開は、映画「愛の嵐」の時のシャーロット・ランプリングとのからみに通じるものがあります。

  ところで、この物語は、作者トーマス・マンが実際にベニスに旅行した際に起きたことがベースとなっているのですが、なんとタッジオ少年は実在していたのでした。

 タッジオのモデルはポーランド貴族の末裔のタデウスという名の人物だったとか。

 ともあれ、世間に広く知れ渡った”タッジオ”といえば、ビョルン・アンドレセンその人だったわけですが、ビョルン自身は
 「今の私なら当時の自分に、そんな映画に出てはいけない、と言うだろう」
 とインタビューで答えていたくらい 、この映画に出演したことによって大変な苦労をしてしまったようです。

 
 もともとは音楽学校でクラシックを学び、ロックバンドを組んでいた彼。現在はストックホルムで音楽関係の仕事をしながら家族と暮らしているようです。 


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