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Christmas†クリスマス!№8冬の銀座

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 Christmas†クリスマス!№7ヴィクトリア時代
の続きです。
 今年は白いポインセチアのリースです。

 という色で連想するものは…

冬、雪、月、西、無垢、聖、無原罪、浄化、初心、清潔、白衣、白熊、白百合、ミルク、マシュマロ、シャボンやビールの泡、
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ブルボン王朝の旗…。

 同居人の一人が、易学で言うところの、12年間のうち3年ほど続く「運気の底」を意味するといわれる期間が、今年(2011年 )いっぱいで終わりを告げるとか。

 2012年の幕明けとともに、運気の喪も明けて、新たな人生のサイクルに入るということらしいのですが…本人を見ていると確かにそういう感じがします。

 そんな訳で、今年は様々な物事を清算するという意味の白でドアを飾りました。風水においても、2012年の幸運色は白だそうですよ。
 
 ところで、もしも今あなたが行き詰まりや不全感を感じていたとしたら、荷物を多く持ち過ぎて身動きがとれなくなっているのかも知れません。

 荷物とは、
・環境への過剰適応。
・気の進まない、あるいは辛い人間関係。
・言い訳をしつつ続けている事。
・時間つぶしにしか過ぎない雑事
・何かへの依存
 などを指します。

 あるいは自分の荷物でもない他人の荷物を勝手に背負い込んで四苦八苦していることも。

 そういうものに時間やエネルギーが分散されている状態では、自分が本当にしたいことやすべきことが何なのか分からなくなりそうです。
 そうなるとさらに閉塞感も増しそうです。
 こうした負のスパイラルから抜けるには荷物を絶ち切りましょう。

 (易学や占いとは関係なく) 荷物に向かって開かれていた扉を潔く閉めてみましょう。その風圧で新しい扉が開きます。荷物を手放した人には良い縁が流れ込んで来るものです。
 
 さて、2011年のクリスマスは3連休。
 「好きな人とゆっくりできて嬉しい」人、
 「こんなにいらない!することがない」人、
 「クリスマスだからって何なの」と思う人
 「稼ぎ時で大忙し」な人、様々でしょうね…。
 
 クリスマスといえば、晩秋から始まる銀座の、商店会や各店舗が施すクリスマスデコレーションは、洗練されていて華やかで本当に素敵です。
 ミキモトの巨大ツリーをはじめ、今年の銀座通りには天に向けて翼をはためかせた天使のオブジェが輝いていました

 その日管理人は、銀座のシャネルビルのネクサスホールで行なわれるピグマリオン・デイズ・コンサートを聴きに行く日でした。

 それは、創始者ガブリエル・シャネルが無名時代のピカソ、コクトー、ストラヴィンスキーら多数の芸術家を支援していた精神に則って行なわれているもので、才能ある若手アーティストたちと観客との出会いの場を提供しているとのこと。
 インターネットで応募すると抽選で招待メールが来ます。

  お昼過ぎに日本橋へ行き、そこから歩いて京橋の画廊などをめぐりつつ、旧友との待ち合わせ場所・教文館へ向かいました。

 ちなみに画廊考古洞はお勧めです。
 京橋の裏通りにひっそりとある古へのタイムカプセルのような場所です。
 遥か古代の芸術作品のパワーに魅入られること間違いなし。

 演奏会はソワレ(17:00開演)だったので、安いカフェで、サンドイッチを水で流し込み(演奏会前にカフェインを取るとトイレが近くなるため)いざシャネルビルへ。

 本日の演奏は、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラによるブラームスとシェーンベルグ。

 クラシックってわからない、敷居が高い、という方は多いですよね。
 それは、日常的にあまりなじみがなく、特別な時に高いお金を出して聴くもの、という日本の、クラシック音楽を取り巻く環境に起因していそうです。

 どんな芸術でも、とりあえず数多く触れてみないことには、その良さも楽しみ方も分かりえないのは当然かも知れません。
 そういった意味で、シャネルの取り組みは素晴らしいといえます。
 約一時間ほどの小コンサートなので、仕事帰りや買い物ついでに、カジュアルな気分と服装で楽しめるのも嬉しい。 ここでお気に入りのアーティストに出会う人もいるでしょう。

 迫力満点の演奏会終了後、なんと、観客にシャンパン・ロゼが振舞われました!
 素晴らしきかなシャネル!
 京橋・銀座に着いて、目と耳と舌をかなり楽しませて、この時点で掛かかった金額は、サンドイッチ代の350円のみ。
 素晴らしきかな銀座!
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並木通りにあるお店で手に入れたタッセル。雑誌の付録のトートも、使い古したメッシュのバッグもちょっと変身しました。→

 その後、友人とキリンシティ・ビヤホールで久々の再会の祝杯をあげました。
 友人とは、高校美術部の後輩で、大学も同じだった人。初めて出会ってから幾星霜…。
 お兄さんが父上の後を継いでくれないので、しかたなく社長になっちゃったとか。
 お互い、今年も無事に年越しを迎えられそうですかな(笑)。
 
 銀座のビヤホールというと、今はなき、旧交詢社ビルジングの一階にあった東欧風ビヤホールピルセンを思い出します。

 実は管理人は、そこに高校生の時から制服姿で出入りしていました。
 高校の美術部の顧問が毎年、晩秋から冬にかけて、銀座で個展を開いていたですが、そのお手伝いをした後、ご褒美に連れて行ってもらえたのがピルゼンだったのです。

  昭和初期の重厚な名建築の中にあったビヤホール。
 内装や調度品、巨大ビヤ樽、エキゾチックな料理、お客たちの陽気で文化的な雰囲気など、店内は完全に東ヨーロッパでした

 ものすごく辛いウィルキンソンのドライジンジャエールや、名物の薄~い皮の中にスパイシーなミンチが詰まったウラル風ピロシキ、衣がゴツゴツでジューシーなチキンバスケット、どこか糠漬けっぽいマイルドな味のザッハクラフトなどはピルセン独特の味わいで、忘れられません。
 
 成人してからもピルゼンには美術系の知人たちとよく行ったものです。今はもう記憶の中にしか存在しない場所ですが。
 
 管理人にとって銀座の街や画廊やビヤホールは、高校の美術室から続くエコールだったといえます。

 美術部の顧問の先生、あの頃は反抗的ですみませんでした。
 どうか長生きして下さいね。
 …っていうか、先日も電車の中でばったりお会いした時の様子からして、そうとう長生きしそうなので、まぁ、特に心配していないんですけど。 

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コメント

クリスマスオブジェを見に散策。は楽しそうですね。
時間に追われて町並みを眺めるゆとりがないのはいけない!と反省中です。

用事で横浜駅周辺に行ったとき、このあたりのリースは?と見回してみましたら、意外とジミでした。

「豆乳とサツマイモのモンブラン」を食し。おいしかったですが、栗はいっさい使われておらず形もひらべったかったので、これはすでにモンブランではないのでは??なおやつでした。

投稿: 某整体師 | 2011/12/20 22:32

某整体師さま
 
 わはは。
 お菓子のモンブランは本来、欧州アルプス最高峰のモンブラン(白い山)に由来しているとか。
 なので個人的には、せめて山を彷彿とさせる形であってほしいですね。
 平べったいサツマイモと豆乳のペースト状のお菓子は、モンブランというより「洋風芋きんとん」って感じです。

 まぁ、でも長い間にもともとの名前や由来が形骸化してしまい、全く違ったものになってしまうことはよくあるようです。ともあれ美味しくてよかったです。
 

投稿: プルート通信管理人 | 2011/12/21 11:06

山羊座の季節になりましたので、出て参りました(笑)。
管理人様のクリスマス記事は、いつも興味深く拝読しております。
一年は早いですね。
銀座のクリスマス風景も懐かしいです。
気分的にも経済的にも気楽に、音楽とこの季節ならではの雰囲気を
楽しめるというのは素晴らしいですね。

シャネルは、後の六人組を支援していたのですね。
かつて上野の大学の学生だった時、学内でエリック・サティの
バレー音楽『パラード』の演奏企画をしたのを思い出しました。
この風変わりな作品、音楽はサティ、台本はコクトー、舞台美術
はピカソという、後世から見ると、錚々たるメンバーが手がけて
いるのですが、成立当時は、シャネルに支援を受けた有望な芸術家
による意欲的な作品だったのかも知れません。

ピルゼンというお店は、私は知ることはありませんでしたが、
ピルゼンというと、現チェコにあるピルスナー・ビールの発祥の地
ですね。
私は厳密な意味での東欧諸国には行ったことがないのですが、管理人
様の文章を読んでいて、ちょっと歴史的なことを考えていました。
東欧の民主化が進んでから久しいですが、ご存知のように、ハプス
ブルク帝国の統治から、ヒトラーの台頭、戦後の共産主義化から、
旧ソ連に潰された「プラハの春」など、チェコだけを考えても、歴史
は複雑です。

でも、多分陽気な東欧というものはあったのだと思います。
村上春樹が「1Q84」の冒頭で、ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」
について触れていますが、第一次大戦から第二次大戦の間の
「束の間の平和」な時期が、ピルスナーを陽気に飲んでいた、
古き良き東欧だったのかなあ、などと想像しておりました。

投稿: Steinbock | 2011/12/24 03:34

Steinbockさま
 
 私も晩秋生まれなので、寒くなってくると「私の季節がやってきた」という感が強くなります(笑)。

 バレエ音楽『パラード』の演奏企画とは素晴らしいですね。

 ピルスナー・ウルケルの造醸所は、黄金色のピルスナーが沸き出でている様なイメージがあり(笑)、ビール好きは想像力をかき立てられます。ビール工場はあまたありますが、やはり「発祥」というのが「聖地」に近いような…。

 日本人とチェコ人の関係は、チェコがオーストリア・ハンガリー帝国の一部だったころから伝統的に良好だったと聞いておりました。

 第一次大戦末期、日本はロシアに残されたチェコ軍を、物資や輸送手段などをもって支援し、両国の関係は、特に2度の大戦の間において最も良好だったようですね。

 年配者のいう古きよき東欧・チェコへの憧れ的イメージは、Steinbockさまのおっしゃるように、チェコスロバキア共和国の公使が天皇に信任状を捧げるなどしていた、2度の大戦間の時期をさすのではないかと思われます。
 
 その後、第二次大戦により中断されていた国交も’57年には回復し、私が高校生だった’70年代のチェコスロバキアは、社会主義国の中では最も生活水準が高い、ということだったと思います。

 当時日本では、ビールといえば、瓶ビールを薄い小さなグラスについで飲むもの、という感じだったのですが、銀座のビヤホールでは、大きな樽から直接、これまた大きなジョッキになみなみとつがれ(今では当たり前ですが)、彼の地の民族はこれを何杯も飲み干し、よくしゃべり、歌うというような話を聞き、「はあぁ、すご~い」と思ったものです。

 今も昔も銀座という街は、世界中から本物が集まるというか、街ぐるみ万年博覧会みたいな場所という感がありますね。 

投稿: プルート通信管理人 | 2011/12/24 14:56

日本とチェコ(スロバキア)との過去の関係とは、あまり考えたこと
もありませんでした。しかし、オーストリア・ハンガリー二重帝国
時代以来ということは、結構な伝統があるのですね。

ピルスナービールの発祥は、ドイツのミュンヒェンだという説もあり、
お互いが元祖を主張しているという話を読んだことがあります。
あるいはピルゼンのピルスナーの原料がドイツ産だったとか。
地名から連想されるという点では、チェコのピルゼンの方に分がありそうですが、
ピルゼンという発音は、チェコ語ではなく、ドイツ語読みなのですよね。
まあ、どちらでも良いのですが(笑)。

いずれにせよ、ビールは庶民的な飲み物として飲まれてきたのでしょう
ね。私はカフカの「城」が好きなのですが、あの中でも、ビールは
身近な飲み物として描かれています。食事と言えば、ビール、パン、ベーコン、サーディン・・・
いかにも昔のヨーロッパの寒村が目に浮かぶようです。

投稿: Steinbock | 2011/12/26 01:23

おじゃまします。
「ピルゼン」という名前が出ていたので懐かしくてコメントさせていただきます。今の日本は世界中の料理が味わえますし、しかもレベルの高いレストランが多くなりましたが、若い頃に通ったピルゼンは忘れられません。記憶の中で美化しているというのでなしに、ピルゼンはいいビヤホールでした。
昔から銀座はいわゆるドイツ風のビヤレストランが多い所ですね。ミュンヘン、アルテリーベ、銀座ビアハウス、ゲルマニア、ケテルやローマイヤなど。ピルゼン同様すでになくなってしまったお店もありますが、古い時代からあるお店は、そこに身をおくことじたいが心が躍る気がします。
 

投稿: 瓦斯灯 | 2011/12/28 19:09

瓦斯灯さま
 
 コリドー街の2階にあったアルテリーベですね!
 個人的には、ここでの楽しみは二期会のコーラスグループの歌うドイツ民謡やオペラの曲でした。 
 どこかで食事をした後、軽く何かをつまみながらライブを聴きに行くという感じで…。

 ここも数年前に行ってみたら、すでになくなっていましたね。

投稿: プルート通信管理人 | 2011/12/29 13:01

I'm out of league here. Too much brain power on dlisapy!

投稿: Deandra | 2012/01/05 09:37

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