愛を教えて-Rとの対話・№4
愛を教えて-Rとの対話・№3の続きです。
――昨夜はメールが中途半端になっちゃいましたね。
続けたい気持ちに体力がなかなか追いつきません。
いつかあなたに言ったことがあると思いますが、今の精神状態で、若い頃の体力があれば……と思うのはこんな時ですねぇ。
さて、私が感じた「私たちの精神の共通性」は、
・ものごとを突き詰められないではいられない業のようなもの。
・文学や思想、世の中の出来事、自分の身に起こったことを言語化しようとする性。
・人嫌いではありませんが、俗っぽさばかりの中では閉塞しそうになってしまうところ。
・精神的な高み、例えば、遥かに輝く星のようなものを目指していきたいといった願望……
他にもあるかも知れませんが、とりあえず、思い浮かんだものを挙げてみました。
ここで、一旦、メールを止めます。テストが終わったらまた送信しますね。
Rあの……僕、テストなんてほとんど気にしていないんで、出来ればればこのまま続けて頂けませんか?
intermission
R 返信、遅くなって申し訳ないです。
そして、自分勝手ですが「期末テスト」が思った以上に危なかったので、一端メールを止めさせて頂けませんか?
本当にごめんなさい。自分の学力を過信してた罰ですね。
でも、必ず返しますから。
まだメールを切りたくないのです。宜しいでしょうか?
――勿論ですよ。今はテスト勉強に集中なさい。
真剣なやりとりは、勉強の気晴らしというにはエネルギーを使い過ぎます。
いくらあなたの成績がいいとはいえ、テスト中にこんなことをしていていいのかと、とても心配でした。
いつでも再開しますから安心してね。
R
テスト終わりました!
『精神的な高み、例えば、遥かに輝く星のようなものを目指していきたいと思う願望』
僕は「高み」に行きたいの かは分かりません。
唯知りたがりなだけでそんな大層な事じゃないと思いますが?
――あらら?これはあなたが私に言ったことですよ。
いつか食事に向かう途中、路上で二人で、三人目を待っていた時に。
「もっと洗練されたい。精神的な高みに近づきたいんです」って言いませんでしたっけ?
Rそうでしたね。ごめんなさい。僕の言動は矛盾していますよね。
ー―謝らなくていいですよ(笑)。
その時、あなたはトーマの心臓(萩尾望都作の、少女漫画の最高峰の一つ。ドイツの寄宿学校を舞台にくり広げられる、多感な少年たちの物語。テーマは、愛と贖罪)を読んだ直後だったので、その影響から、そんな言葉が出たのかもね。
自分の考えは常に変わります。大方の人間は皆、矛盾しているものですよ。
私もこの年になっても、それまでの考え方がひっくり返る瞬間を、何度も経験しています。
まして若い時は、朝と晩で変わっていました。
R こんな僕と話しているのは嫌じゃないんですか?
――あなたは、事あるごとに
「こんな僕はイヤじゃないですか?本当ですか?でも、もうそろそろイヤになりませんか?」
と、言いますね。
まるでこちらの忍耐を試されているような印象を受けるのですが。
R 僕自身にそんな気は全くないのです。
唯、貴女もおっしゃった様に僕と性格が正反対に近い貴女は、僕と話していて苛々するんじゃないか?と心配しちゃうんです。
だって、わざわざ僕のために時間を割いてメールして頂いてるのに、たとえ僕が故意じゃないとしても、貴女を不快にさせたらそれはとても失礼な事だと思うのです。
ー―そんな風に思ってくれていたのですね。
私はあなたにイライラしたりはしませんよ。
失礼だなどと感じたこともありません。
むしろ、私の質問にきちんとメールを返してくる律儀さは驚きに値します。
ただ、あなたの無防備さがなぁ……私じゃなくて、他人に対しての無防備さが……例えば、発する言葉に相手に対する怒りがこもってしまうあたりが、気にかかるというか、心配なのです。
これは自分の湧き上がった感情を、自分のなかで、一旦咀嚼、あるいは咀嚼しないまでも、思いとどまるという行為があればいいと思うのですが。
R 僕は貴女みたいにはなれませんよ。自分の存在も確立出来ていませんから…
――あなたは私ではないので、私のようになるのではなく、自分自身になるのです。
いつか電話で
「改心する前のユリスモールには共感するが、改心した後の彼は好きじゃない」
と言いましたね。それはどうしてですか?
R 傷を負った後の彼は、他人に優しさを求めなくなり、異常なまでに感情を抑えて、まるで感情が無い様に振る舞ってました。彼の対人の立ち振る舞いは、僕の「理想」に通じる物があったのです。
――では、あなたも、サイフリートのような人物との出会い、あるいは身体にBrand(烙印)を受けることを望みますか?
R でも、僕はユーリと同じように傷を負いたいとは思えません。負っても僕は彼の様に振る舞えないからです。
「改心する前のユーリ」の生き方が僕には「強く」見えました。彼はサイフリートに会い、背中に消えない傷を負いましたよね?
傷を負った後の彼は他人に優しさを求めなくなり、異常なまでに感情を抑えて、まるで感情が無い様に振る舞ってました。
彼の対人の立ち振る舞いは僕の「理想」に通じる物があったのです。だからだと思います。勿論、貴女は間違っているとお思いになると思います。
――そうですね。
あなたを傷つけるかも知れませんが、やはり、あなたは「強さ」というものをはき違えていると思わざるをえません。
例えばヤクザの下っ端のチンピラが、強さを装って肩を怒らせ、周囲を威圧して闊歩し、コワモテ風の表情やファッションに身を包むということをしますが、私に言わせれば、ユーリの振る舞いもチンピラと変わりません。
演じているモノが違うだけで、世の中や人間の情、何よりも自分自身の自然というものをナメきった思想は一緒です。
それは卑怯な者が、強さを勘違いして演じるパフォーマンスです。
しかもユーリ自身はうまく演じている(周囲をすっかりだましきっている)つもりが、実はトーマもオスカーもバッカスもお見通しでした。
エーリクなどは直感でユーリの欺瞞を見抜いてしまいます。
ユーリは完璧主義者ですが、じつは完璧主義な人というのは完璧からは程遠く、返って自己の不完全さやほころびを過度に露出してしまうからです。
「完璧主義」とは、「完璧」というありえないものを追求しすぎた人が陥る病ではないかしら。
『傷を負った後の彼は他人に優しさを求めなくなり、異常なまでに感情を抑えて、まるで感情が無い様に振る舞 ってました。
彼の対人の立ち振る舞いは僕の「理想」に通じる物があったのです』
他者の愛や、情や、好意を拒否するのは、強いからではなく、それらを受け入れられないほど脆弱な自我しか持ち合わせていないから。
ユーリは脆弱な自我をかかえ、自らを孤立に追い込みつつ、実は
「自分の何もかもを引き受けて現状を打開してくれる強い他者」
を渇望していました。
ユーリが跪く(精神的に)相手がトーマだったなら、普通の人間として救われた筈ですが、ユーリはトーマの真っ直ぐで純度の高い愛情を受け入れることができませんでした。
ピカピカの優等生でなければならないと思い込んでいたユーリは、自らのシャドウ(暗いネガティヴな部分)を過度に押し殺していたので、どうしようもなくサイフリート(悪魔)に、ひかれました。
そして、心身ともにズタズタにされたのですね。
その後、まあ、いろいろあって、ユーリは正気を取り戻しますが、ユーリが本当に繋がるはずであったトーマは、すでに、この世のものではなく、故にユーリは一生を、トーマ(神)への愛に捧げるべく、修道の道へ向かったのです。
以上が私の「ユリスモール」の解釈です。
R ユーリはおそらく、傷をつけられる前は自身の「自然」も他人の「情」も認めていたのでしょう。
しかし、「傷」を受ける事で彼は変わった。
彼は自分を律し、何事にも興味がない様に振る舞った。
僕が思うにユーリは傷を負ってからも感情を表現したかったのだと思います。
しかし、トーマを裏切り、サイフリートに向かったという事実が彼を締め付けているのです。
つまり、彼にとってサイフリートに向かった事が罪で、その罰として、自分の感情を面に出さない様にしていると思います。
罰の意識から、必死で自分を押さえ付けている人を、ヤクザのそれと同じだとは思えません。
――そもそもユーリが世の中をナメていたのは、サイフリートとの一件が発端なのではありません。
オスカーが転入してきた当初から、彼は、臆面もなく
「自分のソンになることはしないんだ。自己嫌悪にかかりたくないから。後悔や反省も嫌いだ」
と言うような子どもでした。
ハメを外さず、やることすべてが考えつくされ、計算しつくされた子。
たいした優等生哲学ですが、私自身の好みからいうと、こういうお子サマはあまり好きではありません。
ただ、それは彼のコンプレックスに根ざした振る舞いであり、環境から獲得した感覚で、このあたりまでは、幼いながらも良く頑張っていました。
ときにユーリのコンプレックスはファザーコンプレックスです。
彼の父親はドイツ国の基となった六つの種族にはいないギリシャ系ドイツ人。
コンサバな人たちからは異端視される人種です。
しかもユーリのおばあ様いわく、
「事業に失敗し、山ほど借金を抱えて死んでしまったバカ」。
そんな父の汚名を晴らすためと、現実にある借金を返し、自分に冷たい祖母、ひいては自分を差別的な目で見るドイツ民族を見返すために、自分はどうしても成功するしかない、と思いつめていたのです。
そして、「ひとりで虚勢をはって、自分の理想であるところの完全な人間を目指していた」わけですね。
ユーリは、いじらしいほど健気な頑張りやだったのです。
ただ、そういう人間にありがちですが、自分が同世代の友達すべてより優位に立っていたつもりだったと思います。でなきゃ、やっていられませんよ。実際。
友情や同情、好意といった、友人たちが彼に寄せる、血の通った人間の情といったものはユーリにとって邪魔くさい余計なものだったでしょう。
私が思うに、ユーリの罪は、トーマではなくサイフリートに向かったことそれ自体というよりは、サイフリートに烙印を押されたことによって「自分はもうダメだ」と思ってしまったことです。
後悔している自分自身を、ユーリを救おうと手を差し伸べているトーマを受け入れられなかったことです。
本気で罪を悔い改めたいと望むなら、今度こそ、自分で自分を縛り付けるといった愚考をやめて、自己開示しなければなりませんでした。
人間が罪を犯してしまう場合、ある意味しかたのないケースがあると私は思っています。
ただ自分の罪に気付いた後にどういう行動をとるかで、その人の真価が問われます。
ユーリの場合、罪の意識におぼれているだけで、すべてを拒絶し「死んだも同然」になっていたことがサイフリートに向かったことよりも罪深かったと感じます。そこに留まっていた限りにおいてユーリはヤクザな人間になってしまっていました。
愛を教えて-Rとの対話・№5に続きます。
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