愛を教えて-Rとの対話・№6の続きです。
’08年1月 飯田橋駅界隈にて。
少年Rと管理人が直接会って話した時の内容の一部を、出来るだけ忠実に(お互いが覚えている限り)再現しています。
――会うのは秋以来ですね。
普段のメールでのやりとりは、いろいろと制限があるものね。今日は言いたいことは何でもどうぞ。
R はい。あの…何も言わないでとりあえず聞いて下さい。
え~と…貴女と関わってもう二年くらいになると思いますが、貴女に会って、僕は自分が分からなくなりました。
もちろん、今までも良く知っていたわけではありません。
でも、分からないなりに、自分の性質や好み、性格は分かってるつもりでした。
しかし、それも貴女に壊されてしまったのです。
「他人は自分を映す鏡」と良く表現されますが、僕は今まで、自分で持った鏡で、自分を映しているにすぎなかった。
つまりは、自己満足に近い形で自分を定義していたんです。
貴女は僕の「鏡」を砕き、「これが君の本当の姿だよ」と僕に鏡を向けて来たんですよ。
正直言ってかなり迷惑でしたね(笑)。
自分だけの領域だと思ってた所に、ズカズカ入って来られて…しかも 「僕」を破壊していく…。
怖くてしょうがなかったです。
自分が今まで築き上げてきた物を足下から崩された気分でしたよ。
会えば会う程、話せば話す程、僕は自分を失う感覚と共に、自分の中に今まで無かった物…自分に「変化」が起こり始めていることに気付いたんです。
それも怖くて、僕は貴女を避けようとしました。
でも…避ければ避ける程、気持ちは貴女との会話を求めていくんです。
僕は「変化」を恐れながら「変化」を求めている。その証拠に貴女と話したいという気持ちはずっと強くなっていったんです。

僕は変化を受け入れることにしました。
自分の変化した先が見たくなったのです。
この変化の行き着く先はまだよくわかりません。
もしかしたらこの変化が貴女を傷つけるかもしれません。
それでも、僕は貴女と話せて今、嬉しいと感じています。
変化のきっかけを与えてくれた貴女に感謝しているんですよ。
――……しゃべってもいい?
R あっ、どうぞ。ああ、手の平がびしょびしょになっちゃった。
――おしぼりをもっともらいましょうね。
率直に、一所懸命話してくれてありがとう。それにしても、私はそんなに怖いですか(笑)?
R 今こうしていても怖いです。身体が小刻みに震えている。
――震えるほど怖いんですね…不快ですか?
R 不快なんじゃありません。一緒にいたいんです。でも…震えてしまう。
貴女には全部見抜かれている気がするから。こんな経験、したことないから、どうしていいか分からない。
――私に全部見抜かれている気がしているのね。
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R 僕が死んだら、貴女はどうしますか?
――そうねぇ…不慮の事故や病気ならしかたないけど、そうじゃなかったら、胸ぐらを掴んで「なんで死んでいるんだ!」って怒鳴るかなぁ。
まぁ、そんなこと、まわりに人がいたら出来きませんよね(笑)。
死ぬって、ただの物体になってしまうことなのよね。
動物の生態って、細胞レベルですごく活発に動いていて、考えられないような奇跡みたいなことが常に起こっているでしょ。身体も脳も。それが全部停止しちゃう。
R 以前、本物の人間の全身の血管を樹脂加工したものを見た事ありますよ。
指の毛細血管の細かいところまで全部。すごいと思いました。あんなもの人間には絶対に造れない。
――「人体の不思議展」観ましたか?
R 観ましたよ。僕あれ大好きなんです!
――あなたが死んだら私がどうするかって、何故知りたいと思ったの?
R それは…僕の甘えですよ。貴女が僕をどういう風に思ってくれているか知りたいという甘えです(笑)。
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R 頭の良さには2種類あると思うんです。
学校の勉強が出来て偏差値的に頭がいい人と、生きる知恵が豊富な頭のよさとがあると思うんですが、僕はどっちですかね?
――どっちか、ということよりも、私が感じるのは、あなたはとても観念的なんだね。
R 観念的?
――「これはこういうものだ」というマニュアルを欲しがるのね。実際に対象とぶつかって感じたり、考えたりするんじゃなくて、頭の中だけで理解しようとする傾向があると感じますよ。
R 僕はよく、「おまえは何でも考え過ぎるからよくない」って言われるんですけど。
――考え過ぎ…?うーん、むしろ思考が停止している印象があるけどなぁ。
どんなことにも「こうすれば、こうなる」という答えがあると思っていて、その通りじゃないと「何故?何故?」って思うでしょ(笑)。
何にでもすっきりした答えや結論があるわけじゃないのよ。
出来ることは、対象とぶつかって、しっかり取り組むことくらい。勿論、逃げる、という選択もあるけど。
いずれにしろ、答えなんて、むしろ分からないままだったりすることの方が多いわよ。
R ぶつかって、取り組んで、エネルギーを注いでも、結局分からないんですか…。
――うん。 『分からない』ということが分かる(笑)。で、それを受け入れるの。
大切なのは答えじゃなくて、取り組むことそのもの。それによって自分から、思いもよらない力や感覚が引き出されるんです。一人で頭の中だけでこね回しているだけでは体験できないようなことがね。
’08年2月。上野公園にて。
R 僕、70歳過ぎの人に「お前は世の中のことが何も分かっていない」って言われたんですけど、じゃあ、その人には一体何が分かっているのか、と。
――うーん、少なくとも、70年以上の経験値はあるかな。
例えば戦争を経験してらっしゃる。戦中、戦後の大変な生活も、軍国主義から一転、民主主義になってしまった世の中も。高度経済成長期も。あなたの知らない時代を知っている。
R 昔を知っている人の方が、今の時代を生きている人間より偉いんですか?
――どちらが偉いというのではなくてね。昔の人は大変だった、という人は多いけれど、現代人だっていろいろ大変だものね。
ただ、現在の社会というのは、唐突に存在しているんじゃなくて、長い歴史の流れがあって、ここに至るプロセスがあるでしょ。お年寄りというのは時代の生き証人なのよ。
人間そのものは昔と今とで違っているとは思えないのよね。生きる環境や教育が違うだけで。自分の知らない過去を確かに生きていた人たち、そういう人の話は興味ない?
R でも、歴史が逆戻りすることはありえないと思います。
――そうねぇ……ただ、いつ何があるかはわからない。今の、たとえばこんなにハイテクに支えられた生活が明日もこのまま続いてゆくという、保障はないとは思うわよ。
R でも…やっぱり人と人は完全には理解し合えないですよね。だって、その人の事情や苦しみや体験はあくまでその人のものであり、主観であって、僕にはどうすることも出来ない。
これって正論だと思うんですけど。
――…あなたは好きな異性がいますか?
R ……(うなずく)。
――その人が何かで苦しんでいる時に、あなたは
「でも、それはあくまで君の問題であって僕の問題じゃない。僕にはどうすることもできない。これって正論でしょ」
って言うのかしら?
R (しばらくテーブルに顔を伏せて考えてから)いや、好きな人に対してなら、こんな僕でも一所懸命どうにかしたいとは思いますよ。でも、僕は無力なんで…何もしてあげられないと思います。
――それでいいんですよ。
人が辛い時にして欲しいのは、辛い状況にいるということを受けとめてもらいたい、ということじゃないかしら。
欲しいのは解決策の提示ではなく、正論でもなく、受け止めてもらえているという感覚でしょう。
それがあると問題解決に立ち向かう勇気が出るものなのよ。
あなたの言うように、その人の問題はその人がどうにかするしかないのは確かだからね。
R それって包容力ですよね。僕、ある人に「あなたは包容力がない」って言われました。
――じゃ、今後、包容力が育つといいね。
ここ(国立国際こども図書館)、どう思います?今から100年も前の建物だよ。
今これだけのものを造るとなったら、どれ程のお金と手間がかかるのかしら。壁も床も手すりも外観も、当時の建築技術ってすごいわね。あと、子どものためにこういうものを維持して運営するという理念も。
R すごく素敵です。好きです、こういう昔の、よく分からないけど、なんとか様式?の建物。 近くに住んでいるのに、知らなかった…。
この後の話題は、ドストエフスキー、太宰治、漫画、お酒、タバコ、アヘン、マリファナ、食べ物、幼い頃のこと、海外、一人暮らし…等についてでした
愛を教えて-Rとの対話・№8に続きます。
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