遊びをせんとや…
2011年の3月11日に起きた未曾有の大震災。
その震災の起きた年の最後を海辺の小さなホテルで過ごしていました。
3・11の震災以来、
「海辺で巨大地震に遭ったら津波から逃げ切れるかな」
と、海に近づくのが怖かったのですが…。
2012年を迎える前に、自分なりのピリオドを打ちたかったのです。「放射性物質の数値」だの、「次の巨大地震の発生場所」だのといったメディアの流す情報を、なんとなくいちいち気にする自分に。
久々のJR千葉駅に着き、まずはそごうのデパ地下へ。
年末なこともあって、デパ地下は大変な賑わいを見せていました(千葉そごうの地下の充実ぶりよ)。
ジェーラートを食べたり、インド紅茶専門店で試飲したりしつつ、世界中の珍しい食材の宝庫のような場所から抜けられなくなりかかりました。
が! そんなことでは海にたどり着けません。デパ地下で終わっちゃいか~ん! お昼を購入して、いざ!外房線に乗り込みました。
車窓からの景色が、街から田園、林や山に変わっていきます。生姜おにぎりや鯖寿司で白ワインを飲りつつ、ワクワク感が高まります。
そして…美しく輝く外房の海です。
暖かく穏やかな潮風が迎えてくれ、海辺の人々の暮らしは変わりなく営まれ、釣り人や楽しげに波乗りをするサーファーたちの姿も健在でした。
家では、休みの日などは遅くまで寝ている管理人ですが、ここでは日の出前に起き、初日の出ならぬ、大晦日の日の出を拝みました。
海から登る太陽の姿は命の源という感じです。
目を閉じて額のあたりに太陽の光をしっかり浴びました。
その後、早朝のお風呂へ。
以下はお風呂で居合わせた方の話です。
「震災翌日の3月12日にもこのホテルに来ていたんですよ。津波は怖かったけれど、予約を入れていたしキャンセル料を払うより泊まっちゃえと思って。余震があったり停電があったりしましたが、ホテルのサービスは普段と変わりませんでしたよ」
…なるほど。
余震にビビって、長いこと海辺に近寄らなかったおのれの小心者ぶりをちょっと反省。
蠍座が水の宮だからかどうかはともかく、海に来ると、なんと言うか、こう、身体中の細胞がくすくすっと喜ぶような感覚を味わいます。
お風呂の後はレストランで朝ごはんのビュッフェです。
新鮮な野菜やフルーツ、濃いミルク、ジュース、薫り高い珈琲に紅茶、幾種類ものパンやパンケーキ、ソーセージやハムやチキン、ツナに卵、ハッシュドポテト、ピクルス、ジャムにヨーグルト…;:゙;`(゚∀゚)`;:゙
何度もおかわりをして、海を眺めながら、手紙を書きながら、気がつけば2時間近くもの時間を朝食のテーブルで過ごしていました。
途中、朝寝をしていた同行人もレストランに降りて来ました。
が、おもむろに朝食をバスケットにたっっぷり詰めて、「ベッドで食べるね~。うふふ」と部屋へ戻って行きました。
これも旅先ならではの贅沢です。
新聞は読まずに、ライブラリーの洋書を手に取ってみました。
英語で書かれた和食の料理本がなかなか面白くて読みふけってしまいました。
the skin of soybean milkって何のことだかわかりますか?
…正解です!
今回、海辺で拾ったのはシーグラス。
割れたガラスの角を波がなめらかに削りました。
まさに小さな海の欠片です。
たくさん集めたら、いつかランプシェードでもつくりましょうか。
2011年3月11日震災発生時とその後
●管理人:仕事場にいた。
電車が止まり、家に帰れなくなったので仕事場に泊まる。
夕食は近くのお蕎麦やで取り、仕事場でしばらくテレビ画面から流れてくる前代未聞の映像を観ていたが、適当に切り上げ、余震にゆられつつ、ベッドの中で、伊坂幸太郎の「魔王」を読んだ。 これは知人に借りて、バッグに入れて持ち歩いていた本。
「魔王」は、閉塞した日本やファシズム、暴力などがテーマに盛り込まれており、村上龍を思い出したが、肉弾戦のような村上の文章に比べ、伊坂はウィットや小技の効いた文章を書くのだなぁ…などと感じたことを憶えている。
また、伊坂は仙台市在住の作家。昼間見た、仙台空港を津波が覆うTV映像を思い出し、この人は無事だろうか、と思った。
震災発生時とその後の計画停電のため、利用する鉄道の駅が封鎖されたのはこの日を入れて2回。
いずれも仕事場に泊まった。
●獅子座の同居人:所属する合気道会の合宿で、九十九里浜の片貝の道場で稽古中だった。
宿の人が手配してくれた車数台で内陸部に避難。胴衣のまま車中にて一晩を過ごす。
車中では仲間とぎっしり居たので、寒くはなかったとのこと。
食事を調達したコンビニは、停電していたにもかかわらず車のライトと電卓で営業しており、たくましさを感じたという。
翌日、JR千葉駅まで車で送ってもらい、復旧した鉄道でなんとか帰宅。
●蟹座の同居人:家で仕事中だった。
空気清浄機や本棚を押さえたりしていたらしい。
戻らない同居人二人の安否を確認しつつ、連絡と情報収集につとめた。
仕舞いそこねていたお雛さまがサイドボードから床にダイビングしたが、たまたまそこにあったクッションの上にきちんと着地し、鎮座していたので、同居人に見せるべくそのままに。
↓
翌日帰宅した管理人は「高貴な方は震災時の態度も高貴なことであるなぁ」と感じ入った。
家での被害は食器棚の食器が数点割れた程度だった。
なお、この二日間ウィルコム同士はずっと連絡が取れていた。ウィルコムが震災時の連絡に強いことが判明した…かな?。
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