女性の愛を獲得する前の男性はほとんどカエルのようなものである-Byプルート通信管理人
グリム童話の蛙の王(別名”鉄のハインリヒ”)というお話です。

LE PRINCE GRENOUILLE Illustrated by Binette Schroeder
ある国に綺麗な姫がおりました。
姫はお気に入りの金の鞠を持って森に行き、そこで一人で遊ぶのが好きでした。
その日も姫は金の鞠を持って森に遊びに行きました。
ところが大切なその鞠を泉(湧き水あるいは井戸)に落としてしまいます。
鞠を失った姫が泉のほとりで泣いていると、泉の中から醜い蛙が出てきてこう言いました。
「金の鞠を拾ってきてあげる。そのかわり私の望みを聴いて欲しい」
姫はこれを承諾します。
蛙は泉の底深く潜って金の鞠を取ってきて姫に渡しました。
ところが鞠を手にした姫は、蛙との約束を反故にして走ってお城へ帰ってしまいました。
次の日。
お城で王様と姫が晩餐を囲んでいると、家来がこう告げました。
「扉の外にお姫様のお友達がいらして中に入れて欲しいと言っています」
扉を開けてみると昨日、鞠を拾ってくれた蛙がそこにいました。
「昨日のお礼が欲しいのね。宝石でもガウンでも金の冠でも、欲しいものは何でもあげるわ」
と言う姫に対し蛙は
「そんなものは欲しくない。昨日あなたは私を特別な友人として大切にしてくれるという約束をした。いつも側におき、あなたと同じグラスから飲み、同じ皿から食べ、同じベッドで眠る約束を」
姫は、人間と蛙が愛し合って一緒に暮らすなんて出来るわけない、と思っていたので、昨日、蛙からその望みを聴いた時も、ばかばかしく思い、はなから相手にする気がなかったのです。
ところがこれを聞いた王様は姫に厳しく言い放ちました。

「たとえ蛙でも、恩のある相手との約束は守らねばならない!」
蛙は姫の膝の上からテーブルに飛び移ると、姫の金のお皿からぴちゃぴちゃと下品な音を立ててスープを飲み、他の料理も姫のお皿から食べました。
満腹になった蛙は今度は
「お姫様のベッドで一緒に眠りたい」と言い出しました。
姫は蛙を嫌々自分の部屋へ連れて行きますが、ついに怒り心頭に発し、蛙をつまみあげ、壁に思い切り叩きつけました。
が、次の瞬間、姫が目にしたのは、潰れた蛙ではなく、美しい目をした優しそうな若者でした。
実は蛙は、魔女に呪いをかけられて、蛙にされ泉に閉じ込められていたある国の王子でした。
お姫さまに叩き潰されることだけが王子にかけられた魔女の呪いを解くただ一つの方法だったのです。
姫は約束どおり彼を大切にし、二人はめでたく結ばれました。
★管理人による物語の解釈★いきます。
叩き潰された蛙が王子さまに…!?
いいえ、実は蛙は最初から人間の男性だったんです。
思春期の頃の若い男性って、手足ばかりが伸び、筋肉もゴツゴツし始め、変声期で声は蛙みたいにヘン。
おまけに汗臭くて、顔には吹き出物が出来たりするし、精神的にはモヤモヤするし…感受性の強い男子などは、もう、まるで自分が醜い怪物にでもなったみたいな気がしてしまいます(よね?)。
そこに母親(おとぎ話の魔女というのはたいていは不幸な母親のことです)という存在がさらに追い討ちをかけてきます。
不幸な母親は、幼く無垢な息子に対して
「この世はロクでもないんだよ。信じられる他人などいないかもね。幸福なんて望むのはおこがましいよ」
ということを、言葉というよりその生き方によって、長年にわたり洗脳し続けます。
その毒気によって、彼はまるで呪いをかけられたように萎縮し、外界に出てゆくことが出来ずに、井戸の中(自分の内なる世界)に逃避したり、引きこもったりしたくなってしまうのです。
彼は夢想します。
もし、気高く綺麗なおねえさんが自分を受け入れてくれたら…時に優しく、時に厳しく叱責しつつも、心身ともにずっと寄り添ってくれるなら、 自分はまた新たな生を与えられる。
そうでなければ、一生この狭い井戸から出るまい…。
そんな感じで絶望と希望の狭間を行きつ戻りつ月日を過ごします。
そんなある日、まさに理想的な乙女が目の前に現われたわけです。
彼はなりふりかまわず必死で求愛します。
ずうずうしく感じられるのは彼が一か八かの大勝負に出たから。
ふられたら恐ろしい孤独と虚無感が待ち受けているでしょう。
でも、何もしなくても、どの道この暗い井戸から出てゆけそうにありません。
一方、女の子は思春期頃からどんどん女性らしく綺麗になっていきます。
特に親の庇護のもとで不自由なく育った美しい女の子というのは、自己矛盾やら自己嫌悪やら激しい情動などとは基本的に無縁で、自己愛を育んでゆきます。
自分と自分の世界以外にあまり触れる機会もなく、他者に対する想像力が欠けていたりします。
とはいえ、この自己愛が後に男性や子ども、あるいは世界へと注がれる愛情の元となるので、女の子の場合、これは健全な自己愛といえましょう。
この時期の女の子からすれば男の子はほとんど蛙みたいなものかも知れません。
食事はガツガツ食べているだけでマナーとかなっていないように見えるし、洗練もされていない。
本能に突き動かされて生きている様子は野蛮にしか映らない(でも、このプリミティヴさは、男性的生命力の表れでもあるのですけどね。)
でもって、ガラガラ(ゲコゲコ)声でなんか幼稚な事を言っているけど、まともに聞いちゃいらんないって感じ?
蛙のくせに「親密になりたい」なんて、意味わかんない…とかなんとか。
とはいえ女の子も、親に庇護された少女の世界からいつかは出て、誰かと一緒に自分自身の人生を創っていかねばなりません。いつまでも、穢れない世界の住人ではいられないのです(どうしてもイヤなら尼寺へどうぞ)。
姫を、少女から大人の女性へと目覚めさせるきっかけになったのが、強い怒りという情動だったというのが、この物語の秀逸なところだと思います。
汚れを知らない夢見る少女が、ある日、陥った危機的状況。
彼女は初めて怒りのエネルギーを爆発させます。
それは殺意をも孕む狂気の沙汰。
蛙を叩き潰す行為は実は姫自身の殻を打ち破る行為でもあったのです。
この通過儀礼がないと、魅力的な大人の女性への成長や強い母性の獲得はむつかしいのかも知れませんね。
実際、幼稚な精神状態なままの女性、芯の弱い女性、隷属的で自分の意志がまるでない女性、自尊心の低い女性は、異性や子どもを愛し抜くとか守り抜くという強さがありません。
一緒にいる相手をうんざりさせ、子どもに呪いをかけたりします。
ひどい場合はDVの餌食になったり、子どもを放置・虐待などしてしまうケースにつながることも。
さて、このショッキングなイニシエーションの後、彼女は初めて世界を、異性を、そして自身の女性性を直視できるようになります。
そして、それは蛙の王子にとっても同じこと。
お姫さまに、いじけて醜く引きこもっていたネガティヴな自分を、思い切り叩き潰してもらったお陰で、ようやく大人の男性としての新しい自分を獲得できたのです。
ひ弱な姫では、魔女の強力な呪いは解くことが出来ないのです。
父親である王様が、可愛いはずの娘に対して、やけに厳しいのも納得がいきます。
実は王様もかつて若い頃、蛙のようにみじめな孤独を味わったのかも知れません(お妃さまがそれをぶちのめして救ってくれたのでしょうか…)。
また、手塩にかけた可愛い娘だからこそ、スポイルせずに突き放すことが最終的には娘の幸福につながるという親心から出た厳しさだったのかも知れません。

この物語は別名「鉄のハインリヒ」ともいいます。
最後のおちはこうです。
若い二人が結ばれたよく朝。
金色に輝く八頭立ての立派な馬車が二人を迎えに来ます。
馬車にはハインリヒという王子の忠実なしもべが乗っていました。
ハインリヒは、王子が蛙にされて井戸に沈んだ時、悲しみのあまり胸がはりさけてしまわないように、胸に3本の鉄の輪をきつくはめました。
その輪が今や、幸せと嬉しさのあまりに膨らんだハインリヒの胸から大きな音を立てて弾け飛んだのでした。
ハインリヒは王子の心の擬人化である。
管理人的にはそう思います。
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